歯科医師として日々の診療に携わっていると、時折「体に良いと聞いて、塩で歯を磨いています」という患者さんにお会いすることがあります。その善意と健康への意識の高さには敬意を表しつつも、私はその習慣に明確な「ノー」を突きつけなければなりません。なぜなら、塩での歯磨きは、歯と歯茎にとって極めて危険な行為であり、良かれと思ったその習慣が、取り返しのつかないダメージを引き起こす可能性があるからです。その最大の理由は、塩の粒子が持つ、過剰な「研磨作用」にあります。皆さんが使っている食卓塩の結晶を顕微鏡で見ると、ゴツゴツとした硬い塊であることが分かります。このような粗い粒子で歯の表面を磨くということは、硬い砂でガラスをこするようなものです。歯の表面を覆うエナメル質は、人体で最も硬い組織ですが、それでも毎日のように物理的な力で削られ続ければ、確実に摩耗していきます。この摩耗が進むと、まず歯の表面の滑らかさが失われ、光沢がなくなります。さらに削れてエナメル質が薄くなると、その下にある神経に近い象牙質が露出し、冷たい水や風がしみる「知覚過敏」の症状が現れます。そして、象牙質は黄色いため、歯が黄ばんで見えるようにもなります。これは、ホワイトニングで白くするのとは真逆の現象です。歯茎へのダメージも深刻です。塩の硬い粒子はデリケートな歯茎を傷つけ、炎症を引き起こしたり、歯茎をじりじりと退縮させたりします。いわゆる「歯茎が下がる」という状態で、これにより歯の根元が露出し、見た目が悪くなるだけでなく、その部分はエナメル質よりも柔らかいため、非常に虫歯になりやすくなります。一度退縮してしまった歯茎を元の状態に戻すのは、外科的な処置でもしない限り非常に困難です。また、虫歯予防の観点からも、塩歯磨きは全く推奨できません。現代の歯磨き粉に当たり前に含まれている「フッ素」には、虫歯菌が作る酸から歯を守り、初期の虫歯を修復する「再石灰化」を促進する効果があります。塩にはこのフッ素が含まれていないため、虫歯予防効果は皆無と言って良いでしょう。さっぱりする、歯茎が引き締まる、といった感覚は、より安全な市販の歯磨き粉でも十分に得られます。大切な歯を傷つけ、将来的なトラブルの原因を作る塩歯磨きは、今すぐやめていただきたい。それが、皆さんの歯の健康を願う歯科医師としての切なる思いです。
歯科医師が警告!塩で歯磨きが歯を壊す理由