歯がないはずの場所が痛む時、私たちはつい、その痛む場所そのものに原因を探してしまいがちです。しかし、多くの場合、本当の犯人は全く別の場所に隠れています。その最も代表的な犯人が、失った歯と噛み合っていた「向かいの歯」、すなわち「対合歯(たいごうし)」です。私たちの歯は、上下で噛み合うことで、お互いの位置を安定させています。常に一定の力が加わることで、それ以上伸びたり、沈んだりしないようにバランスを保っているのです。しかし、奥歯を一本失うと、その噛み合う相手を失った対合歯は、行き場を求めてゆっくりと空いたスペースに向かって伸びてきます。この現象を「挺出(ていしゅつ)」と呼びます。最初はわずかな変化ですが、何年も放置していると、伸びてきた対合歯の先端が、歯のない下の歯茎に直接ぶつかるようになります。食事の際に硬いものを噛んだ時、その衝撃が歯茎に直接伝わり、「歯がないのに痛い」という症状を引き起こすのです。この挺出は、痛みだけでなく、様々な問題を引き起こします。まず、伸びすぎた歯は根元が露出しやすくなるため、知覚過敏になったり、歯そのものがグラグラしてきたりします。また、全体の噛み合わせのバランスが大きく崩れるため、他の歯に余計な負担がかかったり、顎関節症の原因になったりすることさえあります。もし、あなたが歯のない場所の痛みを感じているなら、一度鏡で向かい側の歯が伸びてきていないか確認してみてください。この問題の根本的な解決策は、歯科医院で失った部分をブリッジやインプラントなどで補い、対合歯がしっかり噛みこめる相手を作ってあげることです。痛みの原因が、意外な場所にあることを知っておくことが重要です。