歯科医師として長年救急患者を受け入れている中で、歯が欠けた状態で来院される方に多く遭遇しますが、その中には残念ながら「もっとこうしていれば、もっと綺麗に治せたのに」と悔やまれるケースが多々あります。患者さんの多くは、パニックのあまり良かれと思って間違った応急処置をしてしまい、自ら歯の生存率を下げてしまっているのです。まず、最も頻繁に見られる致命的なミスは、欠けた歯の破片をティッシュペーパーに包んで持ってくることです。ティッシュは歯の水分を急速に奪い取り、細胞を数分で死滅させてしまいます。乾燥した状態で数時間が経過した破片は、もはや生きた組織とはみなされず、接着してもすぐに外れてしまったり、変色したりする原因になります。必ず牛乳や保存液に浸し、水分を保った状態で持参してください。次に多いのが、自分で何とかしようとして、市販の瞬間接着剤で付けてみようとすることです。これは歯科医師から見て最も避けていただきたい行為です。接着剤の成分は口腔内の粘膜や歯の神経にとって強い毒性を持つ場合があり、最悪の場合、接着剤が触れた部分の神経が死んで、歯そのものを抜かなければならなくなることもあります。また、接着剤の層が不均一に残ってしまうと、歯科医院での精密な修復の邪魔になり、仕上がりの美しさを著しく損ないます。欠けた部分は決して自分ではいじらず、そのままの状態で持ってきていただくのが一番です。また、痛みがないからといって受診を数日間先延ばしにするのも危険です。歯が欠けて象牙質が露出すると、そこにある無数の細い管を通じて、細菌が歯の内部の神経へと瞬く間に侵入していきます。最初は無症状でも、数日後に突然激痛に襲われることがあり、その段階ではすでに神経を抜かなければならないほど炎症が進んでいることが多いのです。「欠けたらすぐに電話」という習慣が、結果として最も安く、かつ短期間で治療を終えるための近道になります。また、歯が欠けた原因がスポーツや転倒の場合、目に見える歯の欠けだけでなく、顎の骨の骨折や歯の根元の破折が隠れていることがあります。これはレントゲンを撮らなければ判明しません。表面的な応急処置だけで満足せず、プロの診断を受けることが不可欠です。歯科医師は、ただ形を元に戻すだけでなく、噛み合わせのバランスや将来的な歯周組織への影響まで考えて処置を行います。患者さんが自宅で行うべき応急処置は、あくまで「保護」と「保存」に徹し、それ以上のことは専門家に任せるというスタンスが、ご自身の歯を守るための最善の策であることを強くお伝えしたいと思います。